職人という生き方


若い頃のチャレンジングの話ばかりが
クローズアップされています。

その人が、
40歳、50歳になった時のことを
考えてますでしょうか?
自分が、その年齢になった時に、
その産業が、斜陽になったり、
その産業の職人が、過多で、
仕事がこないか、安い報酬となった場合のことです。


自分だけ、食っていくのなら、
年収200万でも、田舎なら十分です。

家族が養えるのでしょうか?



例えば
わかりやすい例で言います。


斜陽になっていく産業、たとえば、
少量生産の家具業。


家具職人の宮田(仮名)は、
ひょんなことから、ワンマン社長とケンカし、
転職しようと、職を得る前に、退社した。


家具のことを一筋で
仕事をしてきたので、その職業の
リクルート市場がどういう状態で、
自分の仕事が、いままでの会社以外で、
いくらもらえるのかも、まったくわからなかった。


まず、
募集がほとんどない。


斜陽なので。



いまさら、未経験で、
別の職人に、なれるかと言えば、
それも思い当たらない。

9ヶ月以上失業し、失業保険もつきたので、
やめた会社の門を
たたいた。


そこで、言われたこと。


「新しい人を雇うにくらべたら、前にいてもらった人に
仕事をしてもらったほうが、会社にとっては、非常にありがたい。
ただし、給料は、いままでの半分で、雇う。
それが、本当の市場の価値だから。それがいやなら
雇えない」


プログラマーで、オープンソース





日本国内でも、
小学生、中学生、高校生、主婦。
そして、60-70歳の、年金生活者。


彼らは、時給400円でも、コーディングを行うのでは、ないのか。


海外に目を向けよう。
今は、中国人、インド人なので、
半額になることも、10分の1になることもない。

しかし、南アメリカ諸国。バングラディッシュパキスタン
そういった諸国が、真剣に参入してきたら、
20分の1の価格提示も、国際物価の違いで、
世界レベルでの自由競争に突入しないとも限らない。


そうなった時に、
「好きなことだけ、やってきた人」は、
上の宮田のような状態でも、受け入れざるを得ない。


いつまでも、クオリティを保てるような、
ブリリアンプログラマなら、
なんとでもなるが、
コピペするだけの、オープンソーサーなら、
当然、バングラディッシュの小学生に
置き換えられる。


こういう、本質的な、長期的な視野で、
考えなくて、本当に大丈夫なのだろうか?